人生たらたら

書きたいことを書くだけのブログ

ねつねつ

なんだか暑くないかい。暑い暑いと何度も繰り返しても暑さが和らぐわけではない。本当にそうだろうか?自身はたまた他者に言い聞かせることでその暑さを再認識、各々自覚を持つことでもしもの事態を防げるのではないかと絶賛沸騰中の頭で思っているわけです。暑いことを暑いといって何が悪い。そうです私は不細工、私は不細工といわれても動じない。真実はいつもひとつ。

 

最近ね、言葉にすることは大切なんだぁ、と思っているわけです。そのきっかけは特にありませんし、なんとも食傷な表現なんですけど、言語化して伝えなきゃ伝わらないことだってあるさね、てなもんだ。察してよ!で100の意思疎通ができて、それでいて不都合がない関係性なら別にいいんですけど、やっぱり\直接/伝達できることなら、したほうがいいよね。だってぼくらはみんなみんな生きているんだ友達ではないけれど。

 

そりゃ気持ちをババンと伝えるのは単純に照れ臭いし、デリカシーやパーソナルスペースらの事情もあるし、てーぴーおーの垣根もある。そしてそれらは互いの関係性によって影響されるため、答えはいずこ?の応酬だ。

 

その、自分は他者との関わり自体希薄も希薄で、人付き合いについて語れるような人間ではありません。深い経験もありません。それでもやはり齢を重ねたのもあるのか、自身含め人はいつかいなくなる、といった実感は日に日に増してきているように感じています。近い将来とまではなくとも、いつそれがくるのかは分からない。気軽に挨拶し合うような日々が数秒後も保証されているとは限らない。

 

相手との目に見えない気持ちの問題だからこそ、相手が目に見えている間に気持ちをぶつける。人によってそう簡単な話ではないかもしれないけど、その鏡に映し合っている時間をより一層大切にできればいいですね。