すすすすすすとれすってさ、なんの略なんだろうね。
元は英語?だと思うけど、れすしてくないのかい。この気持ちを。つまりはあれか、もやもやした気持ちのれすができない的な意での略語、のーれすれすのーってな由来なのかね。はいどうも、どうしたってれすしようのないバトルオブレーズンパンはそこそこすきなぼくです。そこそこね。
ああ、もう限界を迎えそうです。いまのぼく。
どうしよう、不意に衝動がお披露目会されたら。余興の一発芸大会にもならない醜態が今後の人生を左右スル。ひっそりと閉じ込めようとする、それすなわち足元からどんどん岩が積み重なっていっているのも同義で。債務が残っておるぞ。
うう、耐えるしかない、いまのぼく。
鳴かないカナリア、それは鳴く意味があるからこそ鳴かない意味もあるわけで。自分のようにただ鳴いているだけでは取り沙汰されるいわれもない。自然のなかに溶けて朽ちていく、そこに届けられる叫びはない。弱いものほどよく吠えるともいわれるが、自分は既に吠えるほどの力もないのだ。わおん。
さらばはちがっのじゅぅさんにちょ。こうした一日を刻むごとに神経も削られていく、この世に不変なものなどないのだ。